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2011年2月

釈尊の国の発展??

2011/2/28

今日は おはちんち

ですので家事放棄を続けている 連れ合い殿 は

いそいそと 寺に賄いの仕事をしに出かけました。

親鸞聖人の御命日であります。

我が家でも 一人だけで お朝事を勤めました。

さて、中国に追いつけとばかりに人口では第二位の

インドの経済発展はすごいようです。

トヨタ系の会社に勤めている友人も 少し前に

インドに長期出張をしていました。

2500年も前に仏教を生み出した国ですので

文化程度も能力もあるはずですので 無理からぬ

発展と思いますが、昨日衛星のニュ-ス番組を見て

いたら、この発展の裏側には恐ろしいほどの

貧困を生み出している実態が話されていた。

一日 20ルピ-(50セント/米)以下で暮らす人の

数が 8億3000万人もいるそうだ。

この数は 最貧国といわれるアフリカの26ヶ国の

総人口よりも多いとの事だ。

先刻 GDPで日本を追い抜いたお隣の中国でも

上海などの海岸部の諸都市の発展はすごいが

内陸部の農業しか産業のない地域ではインドと

同じようなものかも知れません。

日本の場合は戦後、急激に発展したが

ある北陸の政治化が総理大臣になり、都市部の

発展の富を、日本全国(地元により多く)に

公共事業を作り出し、分配したので地域間格差

が緩和されたとも聞いた。もっともその手法も破綻

して、今では格差が著しいことは誰も知るところ

であるが・・・・

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あすありと おもふこころの・・・

2011/2/27

あすありと

思ふこころのあだ桜

夜はあらしの

ふかぬものかは

真宗門徒には有名な和歌ですね

でも ちょっと間違いでは??・・・と

私も最初は思いました。

夜は ではなく 夜半に

と聞いていたような・・・

先日、大阪の難波別院(お東)が発行している

南御堂 

という新聞の2月号を読んで(見て)いたら

数年かけて連載された

「宗祖親鸞聖人の生涯」

の続編として新たに連載が始まった

「伝承の中の親鸞聖人」

の第二話 出家得度への道

が掲載されていた。親鸞聖人が9歳で出家得度

された場面が描かれていいたわけであるが

「今日は夜も更けてきたので 明日にしましょう」

と言われたときに、とっさに読まれたろ言われている

和歌に 冒頭のものが使。われていた

この歌の出展は

「御一代記図絵」

という書物だそうだ。他にも

明日云人の心はあだ桜

夜の嵐は吹ぬものかは

(御絵伝教授抄)

明日までと思う心はあだ桜

夜は嵐の吹ぬものかは

(御伝抄演義)

なども有るという。

前作の 宗祖親鸞聖人 は

完結して 三冊の単行本になっている。

今回の連載も楽しみであります。

毎月地元の 赤羽別院に送られてくるので

それを目当て(失礼)にお参りさせて

もらいましょう。これも宗祖のありがたい

呼びかけかもしれませんネ

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根性悪坊主 と 竹田の子守歌

2011/2/14

寺の坊んさん、

根性が悪い

守り子いなして、

門しめる

どうしたいこーりゃ

きーこえたーか

ある寺のhpに掲載されたその寺の

寺報(お寺の新聞)のバックナンバ-を

読んでいたら、この歌が紹介されていた。

Photo

この歌詞は上のレコ-ドジャケットの

竹田の子守歌

の元歌の歌詞だそうだ。

レコ-ド も ジャケット もこの歌も

若い人には解らないかもしれませんね。

しかし、B面(これも古い言い方ですね)

つまり、カップリング曲の方は学校の

音楽の教科書にのっているので、子供でも

知っているようです。

歌っている 赤い鳥

は私が仙台の学校に通っているときに

東北放送(TBC)のバイトでヤマハの

コンサ-トのゲストで出演した彼らに

お弁当を届けたことがあるので、若い頃の

思い出として 記憶に残っているグル-プ

です。女性メンバ-の一人

新居潤子(現在 山本潤子)さんは

すごく女性的な方だったデス

赤い鳥 は解散して、ハイファイセット と

紙風船 というグル-プに別れました。

この 竹田の子守歌 は被差別部落のことを

歌った歌ということが後に知られて、あまり

歌われなくなってしまいました。

それにしても、すごい歌詞ですね。

我が 教団でも部落差別については負の

過去を持っています。(詳しくは知りませんが)

仏教の生まれたときは 差別の無い世界を

求めてのことでしたので、本質を見失ったと

云うことですね。私自身も差別心は人一倍

持ち合わせています。

この歌詞をHPに載せていた寺の住職さんは

根性の悪い 坊さん とは自分のことでは

と慚愧の思いで載せてみえました。

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梵鐘三昧・・その5(最終回)

2011/2/14

さて 最終回は巨大な 大晦日の

行く年・来る年

でおなじみの 知恩院 の梵鐘です。

Photo_3

この梵鐘 なんと 重量が70トンあるそうです。

偶然、奉仕団の帰りにみんなで

大谷祖廟(東大谷)

をお参りしたときに、近くにある

吉水の草庵・安養寺

もお参りしました。その表門から100mほどに

知恩院の鐘楼があると、祖廟職員の方が

教えてくれましたので、幸運にも見ることが

できました。イヤ-ぁ すごい大きさです。

私は毎年、手次寺の除夜の鐘 担当を

仰せつかっていますので、行く年来る年は

見ることができず、この鐘の音を最近聴いた

ことが有りません。

検索していたら 音源が有りましたので

URLを

http://wadaphoto.jp/japan/tion2.htm

梵鐘といっても、それほど興味が有った

訳では有りませんが、今回の戦時中に

強制回収されて、寺に69年振りに戻って

きた梵鐘の縁で、いろんな梵鐘と出会わせて

いただきました。縁というのは不思議なもの

ですね。

それと、数年前に姉が保管していた父親の

遺骨を大谷祖廟に納骨してくれましたが、

一度も墓参りに訪れていませんでした。

ご遠忌事業の一つとっして、祖廟も綺麗に

改修がされていました。これも思わぬご縁

で父親の墓参りをすることができ、よかった

ヨカッタ。ありがとうございました

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

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梵鐘三昧・・その4

2011/2/13

Photo

(東本願寺hpから写真を借用しました。

  昨年新調された梵鐘を吊る作業か?)

さて、このシリ-ズも佳境に・・・

といっても誰も期待していないであろうが。

先月の末 29日~30日(土日)に本山へ

奉仕団として上山してきました。

いろんな目的で奉仕団か組まれていましたが

ご遠忌を目前にして、総ての奉仕団は

お待ち受け奉仕団

という名前に統一されています、奉仕団

のみでは有りませんが、門徒総上山を

呼びかけています。総をどう受け取るのかは

解りかねますが、ご遠忌イヤ-に突入した

一月最後の土日日程での同朋会館

全国のご門徒の皆さんとの交流を楽しみ

にして同朋会館の玄関に付いてみると

看板にある奉仕団名はたったの一つ

つまり、今回は会館貸し切り状態という

ことでした。 残念!!

今回の上山は地元の組(そ)で毎年開催

している

  心の元気塾

で 3年に一度上山しているものに参加

させていただいたものです。

埼玉まで一緒に寺の梵鐘を迎えにいった

前住職に

「本山の梵鐘も見てくるように、特に

  古いお鐘を置いている木製の台を

    よくみておいで!」

と云われての上山だったが、デジカメの電池

が切れているのを忘れて、写真は皆無で

ある。

台をと強調されたのは、前住職が正月元旦に

上山されて、台を調べ、それと同じようなものを

自作されていたからだ。

確かに、そっくりに作られている。この前住さん

お坊さんにならなかったら 大工さんになりた

かったという方で、いろんなものを手作りで

作られている(仏具など)、お庫裏の裏には

作業場があり、かなり専門的な道具が揃って

いるのには感心する。

冒頭の写真の梵鐘の音を聞くことは普通に

お参りで上山しても出来ない。今回は24時間

本山境内にいるので、幸い朝起きた時に

聴く機会を得た。音色についてはウ-ム

ちょっと残念といった感じをうけた、もっとも

寝ぼけ眼で、極寒の会館の廊下でのこと

ゆっくりちゃんと聴けた訳では無いので

またいつか、暖かい時に聴いてみようと思う。

この梵鐘は古いもの(400年ほど以前)の

鳴りが悪かったためか、滋賀県の梵鐘

メ-カ-の 金寿堂 さん昨年寄進して

下さったものだ、重量4.5㌧有るそうだ。

ちなみに 私の手次寺・安専寺の現在

使用中の梵鐘も ここの作である、こちらは

いい音で 響流十方 しています。

本山の古い梵鐘は現在工事中の

阿弥陀堂の前に展示されています。

Photo_2

(これも 借用しました)

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ひと噛みの環境活動

2011/2/12

本日は我が 碧南市の

環境基本計画推進大会

が開催されました。会場に我らが 葦船

を展示してもらえるというので、片道2km余り

のところを人力で6mの葦船を移送しました。

昨日の雪天候を思うと、今日はビックリする

好天気となりました。

さて、この大会は私も加わって作り上げた

碧南市の環境基本計画が毎年どれだけ

取り組まれ、成果を出したかを点検する場所

であります。市や市民会議メンバ-の努力

だけでなく、市内の学校の生徒さんや企業の

取り組も発表していただきます。

その中に、碧南の地場産業である醸造の内で

味醂は全国トップクラスの産地である。

そのメ-カ-のひとつである

角谷文治郎商店

の社長さんが

「みりん作りと農業と環境」

というテ-マで話をされた。その中で

日本の環境、みどりを守るために購入して

食べるということで、環境活動をして欲しいと

話をされた。

この味醂屋さんは、有機&低農薬の原料のみを

使い、通常餅米一升で3~6升の味醂を作る

ところが多いが、一升から一升の味醂を作ると

云われます。なんと豪華な味醂ですね。

毎食一膳のご飯を食べ続けることにより

どれだけ日本の国土の緑が保たれていることか。

確かに、環境活動というと難しいとか、出来ない

と云う人がおおいのですが、お箸で口の中に

入れたご飯からも 環境を考えることは出来ます。

まさに 

シンク グロ-バリ- アクト ロ-カリ-

(英語で書くと恥をかきそうなので カタカナで)

ですね。ひと噛みごと 味わっていただきましょう。

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電車も乗らず、酒も飲まず

2011/2/10

フリ-ジャ-ナリストの

 上杉 隆

さんは 移動するときは電車を利用せず

いつも車を利用しているそうだ。そして

随分前から お酒を飲むのをやめている

らしい。

その理由を聞いて ビックリした。

一年あまり前に 週刊誌に 小沢一郎氏の

秘書をしていた、衆議院議員の 石川氏の

女性秘書に対する、東京地検特捜部の

ひどい取り調べの実態の記事を書いてから

友人から、電車に乗るとホ-ムで背中を押され

て線路に落とされて命を狙われるので電車に

乗らないようにと忠告されたという。

お酒も 酔っぱらった状態でいると危険が

ある。という忠告も受けたようだ。

当時、検察は正義の味方で、そんな取り調べ

をするはずがない!と世間は見ていたので

記事が大きな話題になることはなかった。

しかし、その後 厚生省の村木課長に対する

人権侵害の取り調べや証拠の改ざんが

暴露され、検察による冤罪でっち上げが

明るみにでた。

同じように 石川議員の女性秘書に対しても

ひどい取り調べが行われた事実も、今回の

小沢議員の検察審査会による強制起訴公判

でその女性秘書が証人として出廷し証言して

いるそうだ。

しかし、新聞を始め、マスコミは全く報道して

いない。

な-んでか? 検察に不都合な報道をすると

検察記者クラブ主催の記者会見で不利な扱い

を受けるらしい。

そんな事が平気で行われているのが日本の

法曹界の実態のようだ。それと戦わないマスコミ

のジャ-ナリストとしての程度の低さが

恐ろし限りである。

現在発売中の 週刊誌で 上杉隆氏が再度

記事を書いているそうだ。読んでみよう!!

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葦船学校一学期終了

2011/2/10

Photo

先週土曜日に

葦船学校 一学期

が終了した。

一学期というのは、7月に葦船を制作して

乗船するのを 2学期としているので

その材料の 葦 を刈り取る作業を一学期と

呼んでいるのである。

毎年この時期の干満の一番大きい日を選び

中学生のスケジュ-ルと調整して日程を決めて

いる。今年は大人と中学生を同日作業とした。

今時の子供は・・・とつい云いたくなりますが

毎年 黙々と作業をしてくれる子供も中には

います。そういった子はまじめだけでなく

作業効率も良く、日本の将来もまんざら・・・

と思います。大人はこちらをご覧あれ!!

2011

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自分の内に安心を!!

2011/2/10

お寺でいただく施本用の小冊子はいろんな

方々が文をよせられていて、何より短いので

ちょっとした時間に読むのには重宝します。

先日いただいた本願寺出版社発行の

「彼岸への道」(2006秋)で

藤本明美さんという方が書かれた

『安心はすぐそばに』

という一文を読ませていただいた。

全文載せたいくらいであるが、文中の引用を

再引用させてもらおう。

-------------------

人は不安に駆られると外にあるものに頼って

安心と安全を求めようとする。だから不安を

あおられればあおられるほど、人々は「安心」

を買い求め、消費社会は人々の「不安」を糧に

肥大する。でもお金で買えるものとしての

「安心」は幻にすぎない事が多い。外に「安心」

の道具を求めるのではなく、自分の内に「安心」

を持つという視点をもてないだろうか?

     (エンパワ-メントセンタ-森田ゆり子氏)

--------------------

いつでも、どこでも、だれでも 持てる(持っている)

「安心」を750年以上前から私たちの先達は

南無阿弥陀仏 と呼んできた訳である。

ちなみに この藤本明美さんは

京都子育てネットワ-クの代表で、子育て支援

  コミュニティ-ワ-カ-をされているそうである。

ご出身は 福井県・・・・やっぱり

藤本さんの書かれた文章部分は全く載せません

でしたが、子育てをほぼ終了した私としては

30年前に読みたかった文でした・・・

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梵鐘三昧・・その3

2011/2/9

話がちっとも進みませんが、昨日帰ってきた

梵鐘を 二つの新聞社が取材にみえた。Photo

お迎えに行ったときも、寺のカメラを預かり

カメラマンを務めたので、自分のカメラでは

一枚も撮影せずにいた。昨日の取材の折

本堂入り口の風除部屋(扉が2重になっている)

に置かれた235年前の梵鐘の写真を撮った

のでUPしておきましょう。

掃除もされ、埃が落ちきれいになりました。

4歳の時に送り出した記憶を持っている前の

住職と現住職の次女(中2)は毎日会いに

来ているそうだ。

考えてみれば、戦後埼玉県に連れて行かれ

8年前に隣町の他の寺に移されたこの梵鐘

それぞれの寺の檀家さん(真宗ではないので)

たちに、新しい梵鐘を迎えたいという願いを

起こさせた訳で、それぞれ新しい梵鐘が

作られた。子供を二人産んで、里帰りを

果たしたことになる。

また、供出(強制回収)されて溶かされて

(主成分は銅)金属材料として生まれ変わって

いれば真鍮などにされて砲弾の材料に

されていたはずである。つまり真宗の

基本聖典・大無量寿経に説かれている

  兵戈無用

の精神 兵隊も武器も用いることの無い

世界の希求とは正反対の 人を殺す

道具とされずに、無事(無傷で)生まれ

故郷に帰ってきたことに 感動を覚えずには

いられません。

次回 vol.4 は昨年新調された本山

東本願寺の梵鐘が登場です。

もう一枚肖像権侵害かもしれませんが

たぶん新聞にも掲載されるので

ご容赦を!! 喜ぶ新旧住職です。

Photo_2

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梵鐘三昧・・その2

2011/2/7

Photo

梵鐘三昧といいつつ、一味にもなっていませんが

続編にて三昧になる予定です。

先のブログにコメントをいただきましたので

里帰りした梵鐘について補足いたします。

供出要求は明治以降の梵鐘であったと教えて

いただいたので、少し検索を掛けてみると。

http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/rekishi/kenshi/asp/hakken/detail.asp?record=289

なる物がヒットしました。これを読むとどうやら

判断は県庁や自治体役場にある程度裁量権が

あったようです。残念ながら我が町では

江戸期であっても、供出させられたようです。

また、戦後69年も他の寺の銘のあるものを使用

していたことも、不思議と云われればそうですが

当時、どの寺も梵鐘を供出させられて、困って

いたに違い有りません。事実今回の梵鐘も

置かれていた所に、欲しがる寺院が集まり

抽選で引取先を決めていたと、先方の寺の

世話方さんが云われていました。

それに、新たに新調するとなればかなりお金も

必要となります。元の持ち主に返してしまえば

自坊のものが無くなってしまいます。

我が町(碧南市)に供出した物が四日市にあり

戦後連絡を受けて、引き取りに行き、帰ってきた

ものが有りますが、その鐘は全く銘が無く、寺の

名前も作者解らないもんでしたが、白いペンキで

寺の住所と名前が書かれていました。そのペンキ

が消えてしまえば元の持ち主も不明であります。

そんな梵鐘が日本中に沢山あるような気がします。

今回の梵鐘も、最初戦後持ち帰り使って見えた

寺の住職さんがその銘や刻んだ地名を頼りに

我が町の教育委員会に30年前に問い合わせが

あったので、生存の事実が判明したといういきさつ

があります。当時、寺同士の話しあいが付かずに

帰郷がならなかったようです。

いずれにしろ、69年の間に大切に二つの寺院で

使われてきて、それぞれの寺の有縁の方々に

新しい梵鐘を作りたいという心を起こさせてきた

事は事実で。梵鐘は生き物ではありませんが

二人の子供を産み出したようなものです。

そこには願いということが生きているような気が

致します。・・・あまり補足になっていませんが

コメントに対するお答えとします。

p.s.冒頭の写真は四日市の石原産業に

集められた梵鐘の写真です。この会社

産業廃棄物フェロシルトの問題で物議を醸した

会社であります。

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梵鐘三昧

2011/2/2.・・・・加筆して2/7

休み癖がついてしまい、ブログの更新ができずに

います。もっとも何かと忙しく、ゆっくりパソコン

とお付き合いもできないのですが・・・

埼玉県深谷市に行ってきました。片道400km

寺御用達の造園屋さんが ユニック(クレ-ン)

の付いたトラックを出してくれ、お付き合いも

してくれた。従って私は無用なのだが、門徒の

代表としてお供させていただいたわけである。

さて、戦争で供出されたということは、溶解して

大砲や鉄砲の弾丸の材料にされる訳だから

ひどい扱いをされて運ばれているはずである。

同じく戦後寺に帰ってきた梵鐘が市内にもう一つ

あるが、上部にあるボチボチ(何というか?)が

欠け落ちていた。そんなことなので、迎えに行った

鐘もどこかに傷を負っていることを予想していたが

見た感じ 無傷である。

お別れにと先方の総代さん方に突いてもらったが

いい音がした。その寺の新しい梵鐘を

地元の市会議員をされている方が寄進されたという

ことも有るのか? 深谷市の市広報から職員の

方が取材に来てみえた。その方もお坊さんであった。

とにかく無事に梵鐘を三河に連れて帰ることができ

一安心!!

地元に帰ってから、いろんな所にプレスリリ-スを

させてもらったので、取材が沢山あり、住職の仕事を

増やしてしまった結果となり、申し訳なく思っている

所である。

長くなるので、この辺で一旦終わり、続編を書くことに

致します。

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