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2011年1月

69年ぶりの里帰り

2011/1/19

日頃の ずぼら の埋め合わせに

本日2回目の投稿

先の大戦中に 資源の無い日本が海外から

物資を調達できないので、日本中から物資を

かき集めた。供出(強出・強制的に出せ・・?)

という形で寺の仏具(ほとんど真鍮製)も

瀬戸物に置き換えられたという。寺でもっとも

重い金属製品はなんと言っても 梵鐘 である。

とうぜんこれも供出の対象とされ。文化的価値の

有るとされる物(ほんとはどんな物も等しく有価値)

以外は大砲の弾などの材料にか 取りあげられた。

我が寺も同行さんたちが寄進された江戸時代の

ものが有り、昭和17年に送り出したという。

その梵鐘が、戦後東京の寄場に置かれていて

埼玉の寺が 同じく供出で無くしたので代替にと

払い下げてもらい、使って居たと云う。

その鐘が 新しい物を寄進される方が現れ

交代を機に 元の持ち主の所に返されることに

なった。金銭的やりとりは有ったと思われるが

それは私の知る所ではない。

その引き取りに 来週 25日~26日と一泊で

埼玉県深谷市に前住職と一緒に行くことになった。

暗い話の多いこのご時世に

明るい話題が到来いたしました。

本日の新年会では その話題で盛り上がる

だろうな~

私は出席できずに ザア~ンネン  

詳しいことは 帰ってきてから書きましょう

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コイン三択

2011/1/19

本日は亡き父親の月命日であるので、毎月

19日には寺にお願いして 月忌 を行っている。

しかし、新年の月は 寺の二つの聞法会の

合同の 新年会が同日開催されるので、今月は

17日に済ませた。また、皆出席の記録を継続中

だった私に代わって、いつも皆留守番だった

連れ合い殿に 我が家を代表(?)して出席して

もらうことにした。・・・しかし、この参加方法は

如何なものかと、書いていて矛盾を感じる

我が宗門は久しく 

「家の宗教から 個の宗教へ!!」

と呼びかけているのにである・・でも、まあこれは

家庭事情があり 二人とも留守に出来ないことも

あるので今回はこのようになった。

さて コイン三択 であるが、先日の通夜布教の

なかである布教使の方が話されていエピソ-ドが

現代の 無縁社会 を代表する世相を改めて考え

させられたので、少し自分の備忘(美貌だといいが)

の為に書いておくことにする。

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ある養護学校に通う小学生のA子ちゃん。

算数の授業で机の上に三つのコインを並べられて

「この中で一番たくさんお買い物が出来るのは

  どれかな?」

と訊かれた。500円、100円、10円の三つである。

A子ちゃんが選んだのは 10円玉だった。

一般的には 不正解なので先生は何度も

問い返したが、答えはいつも 10円玉 だ!!

まあ、知恵浅い私は 単純に 色 の好みか?

とも考えたが、知恵ではなく智慧が浅いことを

教えられることに・・・

A子ちゃんの通う養護学校は家から遠いので

隣接する寮に入って通学しているのである。

小学生で傷害をもっての一人暮らしは

親子ともにどれほど寂しい思いをしての

日暮であろうか・・

A子ちゃんは授業が終わると駆けて寮に

帰り、玄関に置かれた公衆電話に飛びついて

10円玉を入れて、毎日その日に有ったことを

お母さんと話していたそうだ。

つまり、10円玉はお母さんと繋がる大切な

方便なのである。だから、仮に帯封の付いた

紙の束と比べて問われても、迷わず10円玉

を選んだことだろう。

たった10円で寂しさを乗り越えることができる

のである。

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かなり自分の頭の中で脚色して書いてしまった。

発言者の意図とかけ離れていると思いますので

その点加味してお読み下さい。

749年前に亡くなられた 親鸞聖人 を宗祖とお慕い

する、私たち浄土真宗門徒は代々

もっとも大切なお母さん(御親・みおや)に電話を

かける コイン として

なむあみだぶつ

という言葉を使ってきました。ありがたいことに

この コイン は使えば使うほど 増殖する

究極の エコマネ- であります。

こんな不景気な世の中 ケチケチ せんと

使いまくりましょう!!

今年は 750回目の記念する 

念仏バルブ イヤ-

であります。

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十時間連続のご聴聞

2011/1/16

本日、西本願寺のご正忌報恩講

終わった。

今年は15日と16日が土日に当たるので

なんと御堂に座りたいと思っていたが、事情が

許さず、仕方なく自宅にてパソコンで大逮夜から

門主さんのご親教(短い法話)、改悔批判、

通夜布教と お参りそして聴聞三昧の土日で

あった。体が不自由でベッドで参拝された

かたも居るような気がする。

ブログ仲間の寺では お庫裏でパソコンと

プロジェクタ-を接続して、門徒さんと

一緒に聴聞されたところもある。

全くありがたいサ-ビスである。

10時間あまりで13名の講師のお話をすべて

聴かせていただいた。若干ウトウトしたが・・

聴いたお話については、また折りにふれて

ブログに書かせていただこう。

それにしても 通夜布教で話される講師は

2座のお話の時間帯のみの参加もできるが

聴く方々は文字とおり 通夜 で寝ず

聴聞です。画面をみると かなりご高齢の方

が多いようだが、あのパワ-には

頭が下がります。

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ほのぼのカレンダ-

2011/1/13

毎年我が家の食堂には

ほのぼのカレンダ-

が吊られている。

今年は ずぼら してまだ吊って無く、仏間に

置いたままになっていたので、お夕事の時に

じっくり書いてある 遠井義雄さんの詩を

ゆっくり読んでみた。2月の所に

ひたすら私の目覚めをまち

ひたすら生かし続けてくださる

阿弥陀さま

とあった。娑婆世界に生をいただいている以上

いつか分からないけれど、今生での死を迎える

いくら阿弥陀さまでも永遠に私を生かしておく

ことは出来ません。

一秒後か 50年後か解りませんが、阿弥陀さま

の ひたすら が有効の間に 私が目覚める

必要があります。

しばらくお休みしていた 親鸞聖人の教えの学びを

再会いたします。

仏法は 若きときたしなめ と言われますが

若きときを無為に通過してしまいました。

いそげ いそげ いそげ・・・・・

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配送勤行

2011/1/13

仏教徒の方々には、不愉快に感じられる書き込みと

なると思いますが、あえて・・・・

昨日、真宗大谷派赤羽別院・赤羽別院の

教化センタ-で取り組んでいる

「葬儀について考える」会の作成中の

リ-フレット 真宗の葬儀式

の最終校正の会議に参加させていただいた。

随分回数を重ねて、やっとゴ-ル間近というか

これは作成して終わりではなく、これを寺院や

葬儀社、仏壇屋、そして門徒さんに配布・使用

してもらうことにより、それぞれが抱えている

現代の葬儀式の問題点をあぶり出し、修正していく

ことを目的としているので、スタ-トライン直前と

いったところです。

完成したら、スキャナ-で読み取りUPいたしましょう。

そのリ-フレットの中に おつとめについて

というペ-ジがある。

病院や自宅などで お浄土に還られてから

場面(場所)ごとに行われる おつとめ を

説明しているのだが。その中で現在の葬儀会館で

当然のように行われていることに、お参りをする立場

の私としてはとても おかしいものがあった。

葬儀終了までの流れは

1.亡き人が自宅に帰られてから・・・・枕勤め

2.通夜式場(自宅or会館)・・・・・・・・・通夜勤行

3.葬儀式場(  同じ  )・・・・・・棺前(出棺)勤行

                     葬場勤行

                     灰葬勤行

4.収骨後自宅or会館・・・・・・・・・・ 還骨勤行

と表した。しかし、ここで灰葬勤行は火葬場にご遺体

を移送する前に拝読されていることになる。

そして、灰葬勤行の説明書きとして

「荼毘(火葬)にふした後の勤行です。本来は火葬場

で行いますが、式場で続けて執り行われることも

あります。」と記した。灰になっていない生身の

ご遺体の前で、灰を前にする勤行をしている訳で

ある。

葬儀場でアナウンスの方が

「ただいまから はいそうごんぎょうを いただきます」

と言われるのをきいて、たぶん以前の私なら

   配送勤行

と聞き取っていたかもしれません。

今回の取り組みのように、なんの疑いもなく行って

いることも、僧俗ともに今一度よく考えてみる必要性

を痛感させていただいた・・・・・

皆さんの地域ではどうでしょう???

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パソコンが使用不能になってます

2011/1/11

パソコン音痴が再発して、パソコン使用不能に陥って

います。復旧出来ないので何年も息子の部屋で

埃をかぶっていた ウインドウズMeを繋ぎ書き込みを

してます。メ-ルはうまく設定出来ず、未だ不通状態!

近くにサポ-トしてくれる友人もいないので、いつに

なったら本格的に復旧っすることやら・・・・・・?

新年早々、仕事で使用しているステンレスの薄い

板(0.1mm)で右手ひとさし指を切ってまい、仕事も

パソコンもままならない状態です。

そんなわけで今までのように頻繁に書き込みが

出来ないことをお知らせします。

指とパソコンが平癒したら頑張って書き込みましょう。

では、では・・・・・

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中島三歳会(なかじまみとせかい)

2011/1/1

中島三歳会

といっても、誰も知らないとおもいますが

本日、私と同じく誕生日を迎えた母親・礼子さんが

所属していた 同年の会 の名称です。

中島 は 戦時中 飛行機を製造していた

中島航空機 の社名からとっています。

愛知県半田市にあった戦闘機製造の工場に

学徒動員されていた、昭和3年生まれの同期生で

作られていた会のようです。

この工場は昭和20年1月に発生した

  三河大地震

で倒壊し、多くの人が亡くなりました。

なぜ、今日にこんな話を書き込むかというと

昨日、寺の鏡餅の餅つきをしていたとき

寺の前住職と話をしていたら、偶然私の母親の

話になり。昭和3年生まれで、中島航空機に行って

いたと話をしたところ、ご自分の従姉も中島に

行っていて、震災で死亡したと教えていただきました。

昼食をいただいていたときに、前住職がスクラップ

されていた、新聞のファイルを持ってこられ

見せていただきました。

同年の学徒動員として 俳優の

  田村高廣

さんも居たそうです。

当時、太平洋戦争の末期で、震災のことは

国民の戦意を萎えさせてはいけないと

M8の大地震であるにも関わらず、ほとんど

報道されなかったようです。

産みの親の私の知らない一面を、60年近く

経って初めて知らされました。

ちなみに 中島航空機は 現在の

富士重工・スバル自動車のことであります。

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お斎 と かぞえ歳

2011/1/1

新年 あけまして おめでとうございます。

昨年中は 本ブログをお読みいただき有難うございました。

自分の備忘録として書き始めたものの、今日まで継続

できたのは読んでくれる人がいてこそでした。

本日は 私の誕生日であります、58回目の誕生日です。

先ほどまで新年会に集っていた仲間はほとんどが

今年 かぞえ歳 60歳 になります。還暦です。

若い人には かぞえ歳 ということが理解できないようですが

お葬式などで使用する年齢は 数え歳である。

母親の胎内で命が宿り、出産するまでの期間をおよそ

一年として、出産時点で 一歳とし、最初に迎えた

お正月の元旦で その前年に生まれたひとは

一斉に 2歳 となる。 私の場合は生まれたのが

元旦なので、翌年の元旦でやっと二歳になれる訳である。

昨日、お寺の鏡餅を突いていたときに、前住職が

「最近は、総てが満年齢になってしまい、かぞえ歳の

ように一斉に 歳を重ねるという感覚が無くなり、

同年の人との連帯感が無くなった!!」

と云われていた。報恩講などの寺の手伝いをして

休憩や食事の時間に お年寄り(自分ももうその域に

達しつつあるが)と話していると、実に同年の仲間の

ことをよく覚えてみえ、感心する。私などでは町で

小中学校の同年と会っても、解らないことが多い。

この 一斉 の  の字で思い出すのが、報恩講で

お参りの方々といただく お斎 を思い出す。

先日他の寺の報恩講で法話をお聞きした先生が

お斎(とき) というのは みんな 一斉にいただく

という大きな意味があると、教えていただいた。

お参りのみんなで 同じ食事(いのちの恵を)

食前・食後の言葉を皆で唱和していただく。

たしかに大切な仏事の一つであることに頷かざるを

得ない。

皿に盛られた 煮物の 大根 にんじん 椎茸

厚揚げ,etc も俗説かもしれないがそれぞれ

親鸞聖人の生涯に由来する謂れが伝えられている。

そんな話を隣の席の方々と話しながら いただきたい

ものである。

本寺(東本願寺)の報恩講には今回ご縁が無く

お参りさせていただけなかったが、西本願寺の

報恩講は 幸いに最後の二日間が 土日に当る。

都合をつけて 門主さんのご親教のある15日から

上山して、通夜布教を聴聞させていただき

聞法会館の朝風呂でチョッピリ旅行気分を味あわせて

もらいましょうか・・・・・

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