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敗戦記念日

2010/8/15

Photo

今年は太平洋戦争の敗戦から 65年

節目の年にあたります。その故か 戦争の語り部

の方が多く、マスコミに登場して、苦しかった戦争の

体験を重い口を開き、語られてみえます。皆さん

高齢化して、次の節目の70年目には話が出来ないと

思われている方も多いことと思う。

毎年、この日になると必ず船員時代(35年前)に

聞いた 機関長(船長は操船の責任者、機関長は

エンジンの責任者)から聞いた話を思い出す。

S機関長は帝国海軍の海兵をされていたそうだ。

敗戦の連絡を受けた日の夜に、今までひどい軍隊の

いじめをしていた上官を、仲間と一緒に艫(とも・船尾)

に連れ出し、そのまま真っ暗な海に叩き込んだとか、

当然その上官は助ける人も船も無く、死なれたこと

だろう。殺人である。戦争という狂気の状態では

そんな意識も無く、決行してしまったのだろう。

冒頭の写真は、広島の平和公園に建てられている

原爆慰霊碑のア-チの下に置かれている碑である。

行かれた方はその碑文を読まれただろうか?

安らかに眠って下さい

過ちは繰返しませぬから

主語のないこの文にはいろんな意見を

云う人がいる。

原爆を投下したのは米国だから、過ちを

犯したのは米国ではないか!!などと

私たち真宗門徒にはこの文を読み解く

参考書がある。歎異抄13章に

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またあるとき聖人が、 唯円房はわたしの

いうことを信じるか と仰せになりました。

そこで はい、信じます 申しあげると、

それでは、わたしがいうことに背かないか

と、重ねて仰せになったので、つつしんで

お受けすることを申しあげました。

すると聖人は、 まず、人を千人殺して

くれないか。そうすれば往生はたしかなもの

になるだろう」 と仰せになったのです。

そのとき、 聖人の仰せではありますが、

わたしのようなものには一人として殺すこと

などできるとは思えません と申しあげた

ところ、「 それでは、どうしてこの親鸞の

いうことに背かないなどといったのか

仰せになりました。

 続けて、 これでわかるであろう。

どんなことでも自分の思い通りになるのなら、

浄土に往生するために千人の人を殺せとわ

たしがいったときには、すぐに殺すことが

できるはずだ。けれども、思い通りに殺す

ことのできる縁がないから、一人も殺さない

だけなのである。

自分の心が善いから殺さないわけではない。

また、殺すつもりがなくても、百人あるいは

千人の人を殺すこともあるだろう

仰せになったのです。

このことはわたしどもが、自分の心が善いのは

往生のためによいことであり、自分の心が悪い

のは往生のために悪いことであると勝手に考え、

本願の不可思議なはたらきによってお救いいた

だくということを知らないでいることについて、

仰せになったのであります

   (本願寺出版社刊 歎異抄現代語訳より)

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とあります。私が思うに、主語は

世界人類総ての人、一人ひとりの私

ということではないかと・・・・

さすがに、安芸門徒という信心篤い人の住む

広島ならではです。

先の機関長と同じ立場の戦友だったら

たぶん私もその殺人に加担していたでしょう。

20090819_5

毎年この日に市内を流れる 矢作川(やはぎ)

の少し上流・米津で花火大会と灯篭流しが

行われます。お盆の終了を告げる恒例行事

久しぶりに行ってみようかな・・・・

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