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38km + α

2009/10/18

本日 10月18日(日)はもう始まっていますが

わが町 の 年に一度のイベント

大浜てらまちウォ-キング

が開催されている。

清沢満之 さんのお寺 

   西方寺

のある、大浜地区は 寺が密集している

ということで、国の予算が付いて始められたもの

である。

あちこち 寺巡りをしている私としては

全国にこの程度の寺密集地域はザラに有る

と思うのですが、市民の方々が晴れた青空の下

二本の足で歩くことは、いいことなので良しと

しておきましょう。

当然、地域の交通指導員は交通整理に動員

されるわけで、午後1時より 出動です。

さて、歩くといえば、先日 親鸞聖人が比叡山

から、毎日 京都の聖徳太子の 六角堂

正式には 頂法寺

に100日の間、参篭のために、通われた道のり

を、体験しようと、歩かれた方々居たことを

新聞で読みました、写真も載せられていました。

かなりの急斜面の山道を下る姿が写されて

います。

その距離をみて、ビックリいたしました。滋賀県

との県境の山なので、京都市中からはかなり

有るだろうと推測はしていましたが、ナント

   18km

もあるようです、当然毎日通われたのですから

往復されたということです。合計 36km と

言うことになります。山道ですから仮に 時速

4km で歩かれたとしても、9時間歩かれて

居たことになります。季節的にいつだったかを

しりませんが、冬であれば、雪に悩まされた

ことでしょう。暗い中を歩かねばならなかった

でもありましょう。

そんなことが、新聞記事を読んで憶念された

ことでありました。ただただ 頭が下がります。

いのちがけで、生死出ずべき道 をたずねた

道をいつか、私も歩いてみようとおもいます

      が

最近、膝の状態があまりよろしくないので

無理かもしれません。やはり、なんでも

若いうちにしないと、だめですね。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

junさん いろいろ調べていただき深謝
確かに消息にはハッキリとどこから通われたかは明記されていませんね。
物理的にも堂僧の務めを果たしながら、毎日往復36kmを通うことは無理かもしれません。
それほどの必死の思い出いらっしゃったことと理解させていただくことにします。
六角堂の後に更に吉水の草庵に100日間通われて放念聖人の教えを確かめられたことも、意味がありますね。
以前、東別院の強化センタの若い研修生のお話の中に100日が出てきたので、「なぜ100日と決めて行動を起こされたのか?」と質問したところ、善導大師の二河白道の百歩から来ていると説明されました。
その方の受け取りで、どこにもそれを説明したものはありませんがね。

投稿: 釈破旬  | 2009年10月28日 (水) 05時02分

恵信尼の第3通に当たることが判りました。その本文は「ゑしんの里記念館」http://www.eshin.org/data/eshinnimonjyo/AA-ps1003-001.pdfに全文が掲載されています。第3通の「添え書き」に対する解説は千葉乗隆氏の恵信尼消息に解説があります。http://www.anrakuji.net/tyosaku/eshinni3.html
前回の疑問は、上記のホームページを見れば、荒唐無稽ではないことが分かると思います。後年何故そのような事が記述されたのかは、資料不足のため判然としませんが。

投稿: jun | 2009年10月26日 (月) 13時47分

親鸞の事を最も正確に記していると思われる恵信尼の書簡には「やまをいでて、六かくどうに百日こもらせ給て、ごせをいのらせ給けるに、・・・・」とあり、「大乗院」の語は見えない。大乗院から出立したとするのは江戸期に書かれた高田派の「親鸞聖人正統伝」からと思われます。
 本文を直接見られないので、あくまでもネット上の資料検索によりますが、親鸞がどこから出発したのかは、再吟味する必要があるように思われます。
 家に帰ったら「恵信尼公消息」を探してみます。
再度のご依頼で恐縮ですが、土日に営まれる報恩講がございましたら、一覧をお書き込み下さい。今年こそはお参りしたいと思っております。

投稿: jun | 2009年10月19日 (月) 15時21分

こんにちは。

比叡山から六角堂まで片道18km、往復36km、時速4kmで9時間!!
すごいですね。

親鸞聖人を偲び、実際に歩いてみたい、とも思いますが、それよりも、親鸞聖人の求められた「生死出ずべき道」を私自身も命懸けで求めさせていただきたい、と思うばかりです。

仏法者申され候、「若きとき仏法は嗜め」と候。「年よれば行歩も叶わず、睡くもあるなり。ただ若きとき嗜め」と候。(蓮如上人御一代記聞書63)

仏法は若いとき聞きなさい、と言われます。
生死の一大事、無常の前では、老いも若きも同い年。
若い時とは、「いま」ということでしょう。
「いま」真剣に聞き求めねば、と思いました。

投稿: JJSG | 2009年10月18日 (日) 14時56分

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