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おなか から おなか へその2

2009/9/25

秋彼岸会で聞いたお話です。

年季法要は 

     しなければならないのか?

ということから始まり

      なぜ 

念仏をしなければならないのか?

という問いの答えを聞きました。

私たちは 母親を縁として お母さんの

おなかから この世(娑婆世界)に生まれて

きました。それまでは母親の胎内で

臍の緒(臍帯)を通じて、栄養をもらい

大きくなり出産を待っていました。

そして、生まれ出た この世は 実は

阿弥陀さんの おなかの中だった

と言われます。そして、娑婆世界での

命が尽きて、阿弥陀さんのおなかから

浄土という世界に生まれる とのこと。

浄土に生まれるまでの

人としての生涯に、育つ栄養素は

  お念仏

なのだそうです。

もし母親の胎内で臍帯を通した栄養

が途絶えたら赤ちゃんは生まれるどころか

生きて居ることすら出来ません。

だから、娑婆世界にすむ私たちは

念仏という栄養を 摂取しないと

浄土に生まれることも、生きていることすら

出来ないはずです。

私は妙にこのお話に 

          納得いたしました。

「飯を食って 働いている

   ことが生きていると

           いうのなら

あの 柱時計も

            生活者である」

と高光大船師は言われました。

本当に 生きている と

言える生活を送りたいものです。

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