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慚愧心なき イタダキマス

2009/7/19

先日、お参りした 赤羽別院の 夏のお文 の法話で

講師の青木さんが 近所に住む野良猫(まちねこ)に

餌を与える人が居るが、ウンチの始末をする人が居ない!(怒)

寺の境内がトイレ化されて、困っている、できるなら捕まえて

処分(となりに流れる矢作川の堤防に捨てる)したいが、

これをすると、愛玩動物虐待として逮捕されるかも知れない。

と話されていた。

法律で苛めたり、殺したりしてはいけない動物を規定して

いるが、動物は犬猫ばかりではなく、食卓を飾る

牛、豚、鶏、鯛、今日日本中で大量殺害予定の

    う な ぎ

もすべて命をもつ、生き物である、それらを殺して罪に

問われる業者は居ない、食べている私たちも全く

罪の意識などは、無いのが事実である。

かたや、賞味期限間近の お弁当を値下げして

販売することが問題化して

モッタイナイ

と言う言葉が、再び脚光を浴びた。

私も好んで 他人に モッタイナイ、おとましい

などと云いまくっていたが、果たしてどれだけ

言葉の持つ意味を腹に落としていたか?

怪しいものである!!

日本で廃棄される食べ物は 3000万人分

にも登ると云われている。

食べ物を得られず 餓死 する人も少ない数ではない。

その人たちに対して、また、捨てられる食べ物のために

命を奪われた動物、植物にたいして。

私たちは、単に もったいない だけでなく

申し訳ないという気持ちを持たないといけないと

思わせていただいた、法話でありました。

昔の日本人の使う 

  もったいない

  いただきます

  ごちそうさま

などの言葉にすべて 

  申し訳ない

が、込められていたような気がします。

これからは、慚愧心を入れて云うことに

しましょう。

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