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无 と 元

2009/6/23

本日は 組(真宗大谷派の寺の集まりの最小単位)の

壮年対象の 夏期 真宗講座 が開催された。

176席の椅子が用意されたが、満席となり、住職方は

立ってのご聴聞となった。講師の先生は

同朋新聞で 正信偈の連載を6年以上続けてこられた

古田和弘・九州大谷短期大学名誉教授であった。

お話の内容については、いずれ記す予定として。

お話終了後の クエスチョンタイムに ある門徒さんが

会場に掛けられた、名号軸を見て質問された。

「その掛け軸の名号の 南無阿弥陀仏の無の字に

 元 の字が使ってあるのは、どうしてですか?」

と質問された。シッタカブッダの破旬壮年は

思わず「あれは  じゃなくて (無)だよ」

とつぶやいてしまった。しかし、よく考えてみると

お寺での勉強の機会を沢山もらっているから

そんな 字しり顔 ができるだけで、そうでなければ

私も  と読んでいたでしょうし、もっと悪く

疑問にさえ感じなかったかも知れません。現に

帰宅後、家族で夜中の勤行をしたあとに、

意識的に 蓮如上人御一代記聞書 の順番を

遡り、23番(お西では 24番)を拝読し、少し家族で

話し合ったところ、我が連れ合い殿も

「会場に入って、名号軸を見たときに、なんで

あんな文字が使ってあるのか、解らなかった」

と仰っていました。彼女の場合は展覧会や寺への

お参りの機会に   の字を使った名号軸を目にして

いるはずなのですが、今まで何の疑問も持たなかった

ようであります。人間見ているようで見えていないことが

多いようであります。いずれにしろ、今日会場にいた方の

多くは 无  の字は む(無)とい読むことが了解できた

のでは無いかと思います。疑問を口に出すことも

    聴 聞

の一部であることが、知らされました。

聞書を参考までに引用しておきましょう。

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「<南無>の<無>の字を書くときには、親鸞聖人の

書き方を守って、<无 >の字を用いている」と、蓮如上人は

仰せになりました。そして「南无 阿弥陀仏」を金泥に写させて、

それをお座敷にお掛けになり、「不可思議光仏という名も、

無碍光仏という名も、ともにこの南無阿弥陀仏の徳を

ほめたたえた名である。だから、南無阿弥陀仏の名号を

根本としなさい」と仰せになりました。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

junさん こんにちは
なるほど、いろいろ勉強になります。聖人がこの字を
使われた意味をどなたかに尋ねてみますね・・


凡愚さん こんにちは
会話をそのまま文章にしたようなものなので ストレ-トに響いてきますよね。真宗聖典が一冊しかないので。ワ-プロを打ち、デカ文字で家族分プリントアウトして拝読しています。現代語訳は 本派 のものを
使わせてもらっていますが、東西で順番(番号)が違うので困ります。東西関係なく良い物は直ぐ利用させてもらいます。何しろ 尽十方ですので・・・

投稿: 釈破旬 | 2009年6月25日 (木) 13時37分

「不可思議光仏という名も、無碍光仏という名も、ともにこの南無阿弥陀仏の徳をほめたたえた名である。だから、南無阿弥陀仏の名号を根本としなさい」という言葉ありがたいですよね(●^o^●)

>疑問を口に出すのも聴聞!「 佛法は讃嘆談合にきはまる 」という蓮如聖人のお心をかんじます

投稿: 凡愚 | 2009年6月25日 (木) 11時14分

无は確かに読みにくい字であります。中には旡と読み違う人もあります。「无」は「無」と字音も意味も同じです。ひらがなの「ん」は「无」の草書体から生まれました。平仮名は漢字の字音を借りたモノですが、この「ん」だけが例外です。私には聖人がなぜこの字をお選びになったのか、その背景は解りませんが、鎌倉初期に撥音表記が普及し始めたことと相関関係があるように感じています。

投稿: jun | 2009年6月24日 (水) 07時45分

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