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うちの紋 & うちの者(もん)

2009/2/4

今日は女性差別の問題です。

と言っても私は男で、私が差別をしていると言うわけでは

ありません。

家紋というものがどの家にも有ると思います。ちなみに我が家

は 梅鉢 です。前田家の家紋だそうですが、その子孫では

ないと思われます。

愛知や三重だけかも知れませんが、女性がお嫁に行くときに

この辺では 嫁入り道具の一つとして 黒の式服(喪服)を

待たせます。当然胸元には 家紋が染めてあります。

その紋は 実家の紋 であると誰もが思っているようですが、

実は 実家の紋をそのまま染めてあるわけではありません。

呉服屋さんに 家の紋を示して染めをお願いすると、業界の

常として、少し違えて染めることになっているそうです。

我が家の連れ合いにその話をしたら、「一度見てみるわ」

と云ったのですが、まだ確認がされていません。

女性は 「嫁したら三界に家無し!」 と云われます。

家紋で考えると、嫁入りしたら、実家の者では無いことに

なるわけです。当然嫁ぎ先は別の家紋ですので、

嫁ぎ先の者でも無い ということになります。その方が

お腹を痛めて生んだ子供たちが付ける家紋は 嫁ぎ先

のものですので、お嫁さん(お母さん)だけが違う家紋を

つけることになります。

このように知らないうちに 差別が行われ、本人も

気がつかないこともいろいろ有るようです。

有る地域では、以前 よそから嫁いで来た お嫁さん

が亡くなった場合、嫁ぎ先の寺の住職が葬式を

してくれず、実家の手次の寺の住職が行っていたそうです。

男門徒 女門徒 と区別(差別)してきた歴史があるそうで

あります。

お山は女人禁制がごく最近まで有りましたっけ。

女人高野と呼ばれていた 寺にお参りしたこともありました。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

このことを教えてくれた、三重県の住職と先日この話をしていたら、「漢字なんてもんも、男の視線でつくられているやろ!」と云われていました。
確かに 婦人の婦は 女性が箒を持っている姿ですし、
娘、嫁、姑etc であります。
よくお邪魔する名古屋の施設に 名古屋市女性会館 というところが有りますが、かなり前から名古屋市はこのよびかたです。我が町では 婦人会館 となると思います。
さすがに 革新市政 を経験した自治体は違う!!
と納得いたしました。

投稿: 釈破旬 | 2009年2月 6日 (金) 16時26分

なるほど・・・・
今まで考えた事もありませんでした。

家紋なんて良く解らないし、そういえば箪笥の中に
喪服があったような気がしますが、幸か不幸か今まで着た事も無いので、何とも答えようもありません。
家紋は実家の紋だと信じきっておりました。
もしも少し違っていたら、私はどこのもんでもないんですね~。

古い家族制度が今なお大きな顔をしてのさばっているかと思うと、腹が立ちます。
学校教育で教えられた男女平等は、実社会ではなかなか実現されていないことが、こんな所にも顔を覗かせているんだな~と感心してしまいました。

投稿: matineko | 2009年2月 6日 (金) 11時47分

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