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透明人間 と ペルソナ

2009/1/16

明日は14年前に起きた 阪神淡路大震災の日 ですね。

早いもので14年もすぎようとしています。

昨年11月に久しぶりに 神戸 に行きましたが、灘区を走る

車窓から見えた家並みが、すべて新しい家で古い木造建築

は一つも無かったことから、震災のすごさを再確認しました。

その2年後ですが、同じ神戸で 日本中を震撼させる

猟奇的事件が発生しました。そう

酒鬼薔薇聖斗事件 です。少年が引き起こす猟奇的事件

のはしりのような存在で、記憶に残っています。

今週初めに 三重県の寺の報恩講にお参りに行ったとき

法話をされた住職が、この事件の犯人の少年の日記に

書かれた 透明人間 と言う言葉の解釈が当時と今では

違った論評をされていると話されました。

当時は 誰からも存在を認めて貰えなかった自分を

     透明人間と表現した。

  と考えられていましたが

今では 学校、友達の場、家庭、などなど、いろんな場所に

     自分はいるけど、その場その場で場に合わせた

     化粧をして違う顔で過ごし、何処にも本当の自分

     が存在しないと表現した。

  と考えられているそうです。外面がいい とか 内弁慶

などと云われながらも、唯一自分の家では素の自分にもどる

ことができた子供や男が、家庭でも家庭用の化粧をして

家庭の顔で生活している、といわれるのです。問題や

事件を起こした子供や大人を、近所の人たちは

「あんなことする人出はない!信じられない」と同じような

コメントをしているのを、テレビの報道で再三目にします。

その点、我が家の子供たちは、父親の私から

   出来の悪いこども

と云われ続けていますので、安心して素顔の自分で

家庭生活を送っているのかも知れません。

それより、連れ合いから

「アンタは外の顔と家の顔がゼンゼン違うよね」

とあきれ顔で云われている私も 素顔で家庭生活を

送れているので。幸せかも???

さて ペルソナ ですが。東本願寺のラジオで

三重県の川瀬智さんが話されていたことに。

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「ペルソナ」とはラテン語、古代ギリシャ・ローマ時代、

もともと演劇で役者がつける「仮面」を意味するものでした。

 ペルソナ「仮面」は、「仮面」を着けた者の、素顔、

心の内面を人目にさらさない、自分を守ることに

その役割・意味があります。

 現代人はそれぞれ生活の場面に応じ複数の

ペルソナ「役割」を生きていると言っていいでしょう。

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という部分がありました。ホントに私たちがいろんな

仮面や化粧で本当の自分を隠して生活をしているな~と

少し前に 哲学者 西田幾多郎 の記念館を訪れたことが

あります、展示物の中に 友人であり、仏教者として有名な

鈴木大拙 さんが 西田さんを評して

上の者に対するときも 自分を大きく見せるようなことも

しなかったし、下の者に対しても自分を割り引いてみせる

こともなかった。

と云うようなことを言われていました。

どこかのウイスキ-の宣伝に

「何も足さない、何も引かない」

というやつがありましたが。そんな生き方が

してみたいものですね~~。

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コメント

あれから14年も経ちましたか、
阪神淡路大震災の時、東京でもドーンと突き上げたあと、ゆっくりとローリングして 
まるで船酔いをしたように気分が悪くなったのを
昨日の様に覚えています。
ああ 遠くで大きな地震が発生したなと解り
すぐ起床してTVをつけました
一見何でもない様に見えた街は次第にあちこち火の手が上がり、見る間に黒煙に包まれ、多くの市民が
圧死、焼死したのです。本当にむごいことでした。
見ているだけで何もしてやれない自分の無力さに
打ちひしがれました。

一番ひどい被害のあった地域は、先の大戦でも空襲に遭い、戦後復興のなかで応急の住宅が建てられ 其のまま住み続けてきた住宅や、資本蓄積を進めることができず、ガムシャラに働き続けた町工場が
皆やられてしまったと、神戸市出身の経済評論家
内橋克人氏が指摘しています。

神戸市株式会社と揶揄された咎めが、一番弱い人々に集中して降りかかったことが判ります。

関東地震が再度東京を襲ったら、どのくらい酷い事になるか想像もつきません
東京都の災害予想はかなり甘いので信頼できません
し、その後の復興は多分「行政ファシズム」による
弱者排除の方向で進められるだろう事は、神戸市の例を見れば 明白です。
来るべき都議選でも、そういう目で 確り選ばなければならないと感じています

投稿: 派遣の品格 | 2009年1月16日 (金) 16時02分

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