« だんさん 100→51→40(予定) | トップページ | まちねこ(町猫)は畜生にあらず!! »

機(難しい!!)と 釈微玲

2009/1/24

昨年末、市内の寺の報恩講にお参りしたとき

法話の講師の先生が  と言う言葉を使われました。

真宗では良く云われる言葉ですが なかなか理解に

苦しむ 文字 であります。

また難しいことを持ち出されたな--と思ったところ

ちゃんと説明がありました。

講師は 機 は機織りの ひ(ワ-プロで思う文字が出ない)

のような物で 縦糸の間をひと織りごとに右と左を行ったり来たり

する糸巻きのこと と説明されます。確かに私は何かあるたびに

右にフラフラ、左にフラフラするような存在で その通りで

あります。そもそもお経の経という字は縦糸という意味だとか・・

島根の淺原才市 さんの詩にに良く出てきます。

才市さんは 自分のことをちゃんと機と認識していたのか?

その話をきいて ある可愛い女性を思い浮かべました。

名前を 釈 微玲(法名ですが)その名付けの意味を

彼女は付けられた当時こう思っていたようです。

----------------------

法名を 釈 微玲(しゃくみれい)と云います、

微玲の微は 微生物の微です。  父から

「お前なんか 微(かすかな)存在なんやから」って

つけてもらいました。

-----------------------

でも、その法話の先生のお話を聞くに

機 には 三段階あると云われます。

1. 機--微(び)

2. 機--宜(ぎ)

3. 機--関(かん)

つまり 

 ほんとうのことを知りたい心

  生まれたとき(もっと前からかも)心の奥底

  に埋め込まれた願い

 真理に出逢って頷く

 本当のことを知って動き出す(機関車の関です)

ということだそうです。

この話を聞いて、その彼女に法名を付けた父親(住職)

の願いがやっと解りました。

その 微 を 宜して 関して欲しい

ということでしょう。

その彼女は着実に 関 しているようです。

60才を間近にしても 宜 も 関 もできない自分が

情けない限りです。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ

生意気にも、ブログランキングに参加中

上のバナ-をクリックして、応援乞う!

|

« だんさん 100→51→40(予定) | トップページ | まちねこ(町猫)は畜生にあらず!! »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

junさん こんばんは
確かに集団に属していると、いろんな情報が届きやすい
利点はありますが、その集団も危うい物なので当てにならないことがおおいですよ。このブログのアイデア一番の下に、真宗をつまみ食いしていると書いてありますが。文字通りそれを実行させていただいています。いろんな人の話を聞いたり、本を(たまにですが)読んだりして、自分の心に響いたものだけを栄養にさせていただいています。しかし、とんでもない理解をしていることもありますので、間違いを正してくれる仲間(サンガ)
が是非必要であります。私などはお寺さんなどが書かれているブログにコメントを入れて間違いを正して貰ったり、このブログに書き込んで貰っているコメントが
有り難いサンガなのですよ。お説教や法話で難しい仏教用語を使うなと云われる方がいますが、そのときに理解できなくても、数年後に謎がとけることもよくあります。この機と言う言葉もそうでした。
「仏さまに向き合った時に、凡夫の私が機になる」とも
聞いたことがあります。また「生まれてきたのは自分自身に会うため」と云われた方もみえました。
junさんの書き込みの中に 機会 という言葉が有りましたが、 機になった自分自身に会うことなのかな?と
考えさせられました。漢字は深いですね

投稿: 釈破旬 | 2009年1月29日 (木) 23時51分

「機」にはそんな奥深い意味が有ったんですね。今まで「機」は「時機・好機」に使われている意味であると勝手に解釈していました。「真理」「仏教」「善知識」等に接する機会が今訪れたこと、それに深く感謝し、そのチャンスを逃さないようにということなのだと一人合点していました。信仰はやはり集団に属さなければいけませんね。

投稿: jun | 2009年1月29日 (木) 07時55分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« だんさん 100→51→40(予定) | トップページ | まちねこ(町猫)は畜生にあらず!! »