2009/1/21
しばらく書き込みを怠けていましたが、読者の方が
いろいろ書き込みをしていただいています。
私たちの子供のころに家庭にテレビなる魔法の箱が
入り始めました。近くの初めてテレビを買われた家に
近所の老若男女がお邪魔して、テレビを見させていただいた
ことを思い出します。いまや一部屋に一台どころか
携帯電話でワンセグテレビを子供たちは見ています。
家に一台しかテレビが無かったころは、家族全員が
同じ方向(テレビのことですが)を見る時間がありました。
今や バラバラ であります。
お内仏(仏壇)もおなじですね、家族でお参りするときは
全員がご本尊(我が家は阿弥陀様)に向いています。
貴重な時間であります。家族でお参りしましょう!!
以前、聞いた話です。
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アインシュタインさんが日本に来られたとき、仏教について
聞きたいと言われ、西本願寺(本願寺派)の或る先生が
説明するのに、「姥捨て山のようなものです」と説明された
そうです。自分を捨てに行くために背負っている息子が
暗くなった山道の帰りに道に迷わないようにと、ポトポトと
花や木の枝を折ったものを道に落としているのを見て
息子は母親が自分が帰るために道しるべを残していると
怒りますが、ホントは息子のためであったというお話ですが
仏の心はこの母親のようなものであると云うわけです。
私たちはこの息子のように、親の心がわからずに
疑ってばかりいるのでしょう。でも
そんなことは親は先刻承知でただ子供のためだけを
思ってくれているのです。
でもその心が解ったとき、息子の口からは
「おっか-」
と母親を呼ぶ声が、出てしまうのです。表現を変えると
南無阿弥陀仏
となるわけです。
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と言うような話でありました。(一部脚色しました)
或る先生は、「あんたの口からでる念仏は、阿弥陀様
が唱えてみえる念仏であります。」 と言われていました。
理由は、「あんたのようなお粗末な人間の口から、
念仏が出るはずがない!」 のだそうです。
みょうに納得!!
どうせ助けて貰えるなら、とりわけお念仏を唱えなくてもいいのでは
無いかという問いも自分でも抱きましたが、あえて
「わたしの名前を呼んで欲しい」と云われるのですから素直に
よぶことにいたしましょうか?
米沢英雄さんが、九州のある方から手紙をもらわれたそうです。
「手次の寺の住職は、念仏を口で唱えないようなもんは、浄土には
行けん。と云われますが、私の子供は障害者で念仏を唱えることが
できません。子供は浄土に行けんのでしょうか?」と問われたとき
米沢先生は「あんたの子供さんは、我執にとらわれることも無いし
仏さんを疑うことも無いから、間違いなく浄土へ行けますよ」と
答えられたそうです。
ちゃんと念仏を口から唱えることができる、私の方が危ういですね。

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