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夜半の嵐(よわのあらし)

2008/12/8

親鸞聖人が9才でお坊さんになるとき(得度)京都粟田口

の青蓮院についたときが夕方になり、今日は遅いから

明日にしましょうと断れれた時に読んだうたに

明日ありと思う心の 仇桜

夜半に嵐の吹かぬものかわ

というものがあると伝承されていますが。

こちらでは金曜日に夜では有りませんでしたが

突然の強風と雨、おまけにカミナリまで轟きました。

その結果Photo

土曜日の朝、お参りした 東正寺 の参道です。

もっとも、この銀杏の葉は、寺のものではなく

左となりにある神社の銀杏から落ちたもの

迷惑な風と雨が作り出してくれた 景色です、

日曜日に御満座にお参りしたときは、地元の

ひとに片づけられて、アスファルトの道路に

なっていました。偶然か? ご満座の講師の

先生も、このうたを引かれてお話をされていました。

そのお話の中で、講師の亡くなった父親の老僧が

食事の時に しみじみ 

「いつ死んでもいい人は

いつまで生きていてもいいんやで-」

と言われていたことを紹介されました。

いつ死んでもいい人 とは 後生の一大事が

明らかになった人を指すようです。

なかなかそんな人にはなれませんね~。

我が寺の 報恩講まであと一週間です。

おみがき、松切り、華束の餅つき等々

準備が始まります。忙しい日が続きます。

沢山の方が お参り されることを願いつつ

準備をいたしましょう。

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