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必勝のお文

2008/9/27

    必勝のお文

何年か前に、名古屋の東別院(大谷派名古屋別院)の

春のお彼岸中に開催される 平和展 で目にして

     目が点

になりました。お文(ご文章)は蓮如上人か書かれたもの

と思いこんでいましたが、そうでは無かったようです。

先の大戦中(大東亜戦争)我が東本願寺の本山(?)

から出されて、門徒さんを戦争に駆り立てるお手伝い

をしたのでしょうか???

内容は全く覚えていませんが、その平和展を企画した

方から、もっと過激な文章を書かれた元宗務総長が居たと

教えられました。教学的には尊敬をされている方です。

でも、そのお文を見てからその方を尊敬できなくなりました。

今日、読んでいた冊子に

---------------------------

宗祖の教えに背き、仏法の名において戦争に積極的に

協力していった過去の事実を、仏祖の御前に慚愧せず

にはおれません。

---------------------------

と先回のブログに書いた方が言われていたと書かれていました。

かの 必勝のお文 を書いた人は

ちゃんとこの方のように 慚愧 したであろうか??

悪かったことは素直に謝って、次の行動を起こすしかないと思うが・・

ちゃんと謝らないと、何をやっても 嘘っぽい ですね。

慚愧--- 我が心を斬ってみたら鬼でありました。

        歎異抄の

「さるべき業縁のもよおせば

   いかなるふるまいもすべし」

を読むに、わたしもかの宗務総長と同じ身で

ありました。

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コメント

仁隆寺さん いちもコメントありがとうございます
確かに宗教各派が同じように戦争に協力していたとしても、絶対数で言えば真宗の責任は一番でしょう。
ましてや 兵我(左のへんは不要です)無用と書かれた
大無量寿経を根本聖典としているわけですからね。
狂気の時代だから仕方がないかもしれませんが、当時
伊勢神宮などに公式参拝をしていたり、今では許すことができないようなことが行われていました。
先日、竹中彰元師のことがNHKで放映されていましたが、戦争批判をして僧籍剥奪をしておきながら、60年もたってやっと復権させるようでは、反省しているとは
考えられませんが、これも一歩なのかも知れません。
昨年新潟のある寺で石碑にこんなことが書かれていました「死者に敵もみかたもありゃせん!」敵国の捕虜で亡くなられた方を丁重に弔った寺に批判が寄せられたときに、住職が言われた言葉だそうです。
今後ともごひいきに・・・・破旬

投稿: 釈 | 2008年10月22日 (水) 10時58分

ちょっと前の「朝まで生テレビ」で皇室のことを取り上げている話が横道に逸れて、誰かが「あの戦争に一番加担したのは浄土真宗じゃないですか」とテレビで堂々と言っていました。そして、否定意見はなかった。
それが歴史の事実であるのでしょう。
事実は事実として受け止め、何がそうさせたのか、猛省すべきでしょう。真宗とはそういうものなのです。

「人間は自分に都合の良いように解釈し、行動する。」このことを忘れてはなりませんし、「さるべき業縁のもよおせばいかなるふるまいもすべし」の通り、宗教では愚かなふるまいを防ぐことはできません。
戦争を防ぐためには社会システムを整備するしかない、そう憲法9条を守るしかないのです。
それすら、誰かの都合の良いように解釈し、行動していますが…。
歴史が繰り返さないようにと願うばかりです。

投稿: 仁隆寺 | 2008年9月29日 (月) 19時50分

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