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教誨

2008/8/13

速いもので、もうお盆ですね。

我が家は真宗ですので、とりわけお盆の支度はありません。

連れ合いの実家は、曹洞宗なので、義母は朝昼晩と仏壇に

食事をお給仕するので、盆中はどこへもいけないそうです。

先日の 蓮成寺・暁天講座最終日は、同じ寺の名前ながら

本願寺派の蓮成寺です。ややこしいですね、やっぱり

講師の先生 伊奈祐諦さんが、青木・蓮成寺の門のところで

困ってみえました、「確か、今日、蓮成寺でのお話を頼まれた

のに、誰もみえない!!」と ちゃんと説明は受けていた

はずなのに、隣接して同じ名前の寺が存在することが

どこかで信じ難かったのでしょう。ご案内して無事お話を

していただくことができました。間違った寺の住人は

既に、会場の蓮成寺に移動していて、からっぽだったのです。

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余談はさておき、講題の

「死刑制度と私~真宗の立場より」

刑務所の教誨師を長年勤められている経験もまじえ

むつかしい問題を話していただきました。

仏教や真宗の教えからの立場 と 現実に身内や

親しい方が殺された経験のある立場との違い・・・・

自分を引き当てて思うに、先日書いた、松本サリン事件の

河野さんや、2日目にお話頂いた 永谷さんのようには

なれません。重い課題が又一つ増えました。

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それにしても、初めての取り組みとして、東西共催で

行われた今回の暁天講座、本堂には顔見知りであるにも

関わらず、派 の違いから、寺でいっしょに成ることの

無かったひとが、かなり居ました。お互いにいい経験で

あったようです。来年からもこの様式で開催される模様

です。ここだけに限らず各地、京都でもできればいろんな

ことをいっしょにできたらいいですね。

ちなみに、3日目の最後の 恩徳讃は Ⅰ をみんなで

歌いました。こちらのメロディ-は軽やかでいいですね!!

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タイトルの 教誨 のことを書くのを忘れてました。

この文字 教行信証の後序にありました。

年をわたり日をわたりて その教誨をかぶるの人 

千万といえども 信といい疎といい・・・・・・・

教誨とは おしえさとす という意味だと伊奈さんに

教えて貰いました。

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