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正信偈には事実が書いてない?

2008/8/9(伏兵のため投稿は11日です)

とにかく眠いですz z z z z z z

昨晩遅くまで開幕式をみていて、そのご暑さで眠れず

今朝は 東西・蓮成寺共催の 暁天講座

http://aidea1ban.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/vol_c11a.html

お参りのため、5時起きでした。何時間寝たの???

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東西共催と簡単に言いますが、いろいろ難しいことがあります

まず、お勤めの文章は同じでも、節が違います。念仏も

和讃、廻向も違うし、お文(御文章)もしかりです。最後に歌う

恩徳讃も東は Ⅱ を使い、お西は Ⅰ です。

三帰依文も本派では 礼讃文と呼んでいて、微妙に文言も

違うのです。

でもそれも 50年前に制定された。真宗教団連合の

    意訳・正信偈

を使って、クリアしました。親鸞聖人や蓮如上人を祖師として

仰いでいるものの、やっかいなことです。

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さて、暁天講座 初日の講師は 池端・蓮成寺住職

青木 馨 師 です。

「お正信偈に聞~その3」の講題です、その3 と言うこと

ですので2年前から 先程書いた 意訳 正信偈について

のお話ですが、昨年はどんなお話だったのかな??

忘れてしまっています。

漢文を今の人たちに意味がわかりやすくするために

訳されているわけですから、なるほど、文字の意味は

わかりやすく成りました、が その心はわかりやすくなった

のかと言うと、そうではありません。正信偈の前半部分

(印度、西天之論家の前まで)は事実として信じがたい

ことが書いてあると・・

大無量寿経のことが書かれているわけですが、冒頭から

お経の中でも珍しい記述、阿弥陀仏の成り立ちが書かれて

います、法蔵比丘(菩薩)が師匠の世自在王仏の前で

生き物すべてを救うと言う願をたて、阿弥陀仏となったそうで

それも、まだ生まれてもいない、未来の生き物まで

すべてについても約束して、仏になったと言うから、現代人

の私たちではとても信じられないこと。 

      などなど

普段 すらすらと読み流している 正信偈 ですが、中身の

意味を聞いていくと、興味深くもあり、疑問も湧いてきます。

その青木さんは、現代の日本人の読解力の低さも指摘

されています。昔の人たちは、毎日漢文の 正信偈 を

朝晩読み、数多く提供されるお説教などの機会に足重に

かよわれ、深めてみえたのでしょう。

確かに私たちは、子供のころから学校などで、沢山の

ことを教えられてきました。あまりにいろんなことを教えられる

ために、みんな中途半端な知識でしななりえず。

基本の 読み、書き、そろばん も危ない限りです。

話が横道にそれましたが、それでは 正信偈前半には

事実が書いてないとしたら、一体何が書いてあるのでしょう?

青木説 の答えは 明日の記事で・・・・・・・・

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