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帰去来魔郷不可停

2008/8/23

最近気になっている言葉です。といってもこの漢文が

読めるわけではなく、20年近く前にこれの読み下し文

「帰去来(いざいなん)、魔郷には停まるべからず」

というものを耳にして、記憶のどこかに残っていたものが

最近突然、ある会議での話し合いの中で頭に浮かんだ。

この言葉は善導大師の『観経疏(かんぎょうしょ)』という 

書物に書かれている、「観帰讃」というものであると

ある方のHPで教えて貰いました。もちろんそんな

難しい書物は読んだことありませんし、我が家の

本棚にはありませんので、読めませんが、

親鸞聖人が 教行信証の真仏土巻 に引用されて

いるともHPに書かれていたので、早速 積ん読状態

の真宗聖典を開いてみました。

魔郷というと、恐いところというイメ-ジですが

どうもそう言うところを指しているのでは無いような

感じを受けます。なごり惜しい娑婆世界、今すむ

世界のことを指して居るような気がします。

反面、親鸞聖人の和讃にたびたび登場する

竜宮 胎宮 というところは 浦島太郎の物語をみても

鯛や鮃のあでやかな舞う姿をみながら、ご馳走を食べ

られるところで、極楽のようです、胎宮も赤ちゃんが

誕生までお母さんに守られて、陽水(羊水?)にプカプカ

浮かんでラクチンラクチンのせかい、そんな世界に

居ることを和讃では嘆いてみえます。

魔郷 と 竜宮&胎宮 

は同じところなのかも知れません

難しくて全く理解できない仏教用語も解らないままで

いいから、チャンと耳にすることは大事なことと

憶念させてもらいました。参考までに観帰讃をおまけ

しておきましょう。

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   帰去来魔郷不可停
   曠劫来流転六道尽
   皆経到処無余唯聞
   生死声畢此平後入
   彼涅槃城(都)

   帰去来(いざいなん)、魔郷には停まるべからず。
   曠劫(こうごう)よりこのかた六道に流転して、ことごとくみな経たり。
   到る処に余の楽しみなし。
   ただ生死(しょうじ)の声を聞く。
   この生平を畢(お)へて後、彼の涅槃の都に入らん。

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