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巻障子(折障子)は閉めときます

2008/2/14

昨晩、平野修さんが北海道でお話をされた講演録

   「真宗の本尊」

を読んで居ましたら、お内仏の巻障子(折障子)は

お参りする、私が居ないときは、閉めておくものだ、

とかかれていました、開けっ放しにするということは

阿弥陀さんを留守番に使っていることだと・・・

私の居ないところに仏はありえないのだとも言われます。

なるほど、わたしも阿弥陀さんを、いつもいつも留守番に

していたことに反省し、それからは閉めるようにしています。

そこで、あるお話を思い出しました。

大正新修大蔵経という書物を編纂された高楠順次郎博士

のお話です。(後に武蔵野大学を作られた方ですね)

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 博士がまだ東大の教授だったころ、毎年自宅で、教授仲間

やゼミの生徒を招いて報恩講を勤めて見えたそうです。

その法要の法話にと、生地(備後)のお寺の住職を招いて

お話をしていただいたそうです。内容は備後の田舎の 

お松さん という老女の話でした。彼女は連れ合いにも、

子供にも先立たれ、ひとり暮らし。生計のために土方の

仕事に出る朝、内仏でお勤めし、阿弥陀さんに家の留守番を

頼んで家を出たところ、口からナンマンダブ、なんまんだぶ 

のお念仏が思わず出たそうです。お松さんは

お留守番を頼んだのに、ついてきてくださるか。ありがたい 

ナンマンダブ、なんまんだぶ」 と云われたそうです。

その話を聞かれた、高楠博士は、涙を流して喜ば

れたとか・・・・・・・・

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 知識ではとても及びつかない先生でも、何気ない念仏の

日暮らしが、その先生をも感動せしめる。智慧の世界の

存在を憶念させていただきました。

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