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木像より絵像、絵像より名号、名号より・・・

2008/1/21

一泊二日の京都での本山奉仕団をおえて、昨晩帰宅

体は疲れましたが、心は元気そのものです。

奉仕団の報告は後日として

帰りに、関が原にある、西本願寺のお寺

八幡山・聖蓮寺にお参りしてきました。

ここは親鸞上人が関東から京都に帰られる途中。

37日間滞在され、教化されたところとか

聖人お手植えといわれる、八つ房の梅の木が

本堂の隣で出迎えてくれました。大幅に予定を

超過し、その上道を間違え、遅れを上乗せして

到着した私たちを、前坊守さんが、傘をさして

道でまっていたくれました。時間が無いので

勤行を割愛(すみません)して真宗宗歌をみんなで

歌い、老僧の説明を受けました。その後内陣に

わざわざ準備していただいていた、宝物を見させて

いただきました。

そのとき、いっしょにお邪魔した、仲間の一人が

「木像より絵像、絵像より名号とよく言われるが

理由がわからん」といわれたので、

字知り顔の宝樹くんは、いつもの調子で知ったかぶり

して、自論を偉そうに語ります。

「そもそも、阿弥陀仏は姿も色も匂いもない存在、

でもそれじゃ解らんと言う、できの悪い人間のために

言葉として現れてくれました、言葉ではすぐに消えて

しまうので、仕方なく文字で、南無阿弥陀仏(&9字、10字)

それでもイメ-ジできんという、もっと解りの悪い人が

居るので、今度は2次元の絵になりました、それでも

まだ解らんもののために、やむなく三次元の木像に

なってくれました。さすがにみんなわかるやろ、と思ったの

ですが、まだ迷う人がいます、思わず、一歩・・・・・」

といった私の説明に、その方は、納得できた とのこと

   注 意

これは、あくまで私の我流の受け取りですからね!!

話していて、人間の欲望・煩悩の限りないことを自分で

知らされました。

それでもわからない人が、生き仏、教祖さまという人間の

かたちをした バケモノ を生み出したのでしょうか??

どなたか、教学的にちゃんと説明できる方のコメントを

お願いいたします。

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一度に書ききれないので、続編を後日書きます

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