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手垢の法義相続

2007年9月19日 今日は少し長めです!

昨日参加した、愛知県一色町の真宗大谷派の赤羽根別院の

真宗講座で、講師の先生は昭和50年代と今の老人世帯との

同居率が53%から27%(数字は正確でない)に激減した

ことにより、真宗の宗風である、家族でお勤め(勤行)する

ことが無くなり、おじいさん&おばあさんから孫世代に

500年もの間,伝えられてきたものが伝わらなくなってきたと

言われていました。私はどうであったか考えて見ました。

祖父母がお勤めをする姿は記憶にありませんし、両親も然り、

祖母が亡くなってからはお手次のお寺の住職さんが、毎月

命日にお参りに来てくれるようになり、その日だけは家族で

お勤めするようになりました。母親はその住職さんのお勤め

の声をデ-プに録音し、それを流してお勤めに代えていた

ような人間です。毎日家族でなどと言うことはありませんでした。

その後、住職のお誘いで、いろんな寺の行事に参加するように

なり、サンガと言われる仏法をいっしょに聞く友達もでき、

それなりに、なじんで来たのですが、毎日の朝夕のお勤め

は忙しいのを理由にできずにいました。そんなとき仏壇の中に

薄汚れた勤行集を見つけました。手垢がついて、仮名遣いも

現代のものではありません、父親がこの本を手にしたのを

見たこともないので、おそらく祖父と祖母が使っていたものでしょう

よく見ると、手垢は本の総てのペ-ジに着いていて、毎日

和讃も繰り読みされていたことが解ります。それ以来毎日

(たまにサボることもありますが)お勤めができるように

なりました。これは直接言葉や姿で教えられてはいませんが

祖父母の手垢による相続なのではないかと思います。

でも、今はやはり漢字ばかりの正信偈 

意味が勉強不足でよくわからないので、もっぱら

和訳の正信偈を家族で拝読しています。

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コメント

筋金入りの三河門徒のご家庭にお育ちと思い込んでおりましたので、これは意外でした。
手垢の勤行本が処分されていたら、今のお姿はなかったのかもしれませんね。

投稿: 釈尼浄然 | 2007年9月19日 (水) 22時51分

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