2008/7/16
最近ブログを通じて知り合った東京のお坊さん T氏は
イスラムの人々に接してから、宗教というものをあらためて
考えさせられたと言われます。一神教のもっているパワー
のすごさに、若いころアラブ諸国を尋ねられたとき気づかれた
のでしょう。イスラム教のスタイルを常に憶念しながら仏教を
考えるそうです。この Tさんは、小生と同じく真宗の方です。
その昔、浄土真宗は 一向宗 とも呼ばれ、一揆まで起こす
パワ-をもっていました。門徒もの知らずと揶揄されながらも
かたくなに教えを守ってきました。全員が一つ方向を向いていた
点では イスラム教と似ていたのかも知れません。
また、名古屋の僧 Aさんは「キリスト教と浄土真宗とは、言葉を
尽くして教えを伝えると言う点では、似ている」と言われます。
いすれにしろ、他宗のよい面と同じで有ることは好ましいことです。
が
我が家を見ていても、一向宗の信者とはナカナカ言い難い様相
自分を含め、家族がてんでバラバラの方向を向いているようですし
言葉を尽くす宗教で有りながら、なかなかその教えを聞く機会が
有りません。布教と言われるのですから 布で覆うほど教えを聞く場
が有るとは思えないし(提供する立場の問題ですが)、目の前に
その場が提供されているのに身を運ばない事実(聞く立場の問題)
お釈迦様が生まれたインドでは今や仏教は遺跡が残るだけと
言われていますが、仏教と同じ時代に生まれた ジャイナ教という
宗教は今でも健在であるそうです。仏教が消滅しジャイナ教が
生き残った違いは???という問いに、本願寺派の宗務総長の
不二川公勝 さんは
「何がどう違ったというと、大きく二点あり、その一点は教団を
支えた強力な団体の存在、あと一つは教団を構成する信者の
宗教的な生活、具体的には宗教がもつ戒律を身につけ実践
し続けたと言う二点が、仏教の消滅とジャイナ教の存続の違いで
あると言われています。」(みほとけとともに より)
と述べられています。750年近く守られ続けてきた私たち
真宗門徒
の宗教的な生活が目の前で衰退してきていると思える昨今
一日の内で唯一 家族が同じ方向を向く お内仏での
お勤め
だけは、続けて行かねば!!!
携帯電話を操作している時間より、遙かに短い所要時間で
済むはずなんだがナ---さあ
携帯電話を 勤行本に持ちかえよう!!!

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